人生50代から

我想う支援日誌
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今年古希を迎える齢となって納得させられるひとつに孔子こうし論語があります。15才・30才・40才までは我が人生とシンク同調ロしませんが、50才以降は「正にその通り」と納得、70才以降は未知の世界ですけど、このまま行けばきっと納得する人生になるでしょう。

論語とは孔子の教えや弟子達との問答を記した書物

孔子のような偉人だけでなく、誰でも同じような流れの人生を歩むのか、歩む人もいるのか、歩むことができるのかは不明ですが、52才で葬儀支援という天職と巡り会い、62で本当に葬式実態の疑問を公言実施、70才を迎える今、誰からも束縛されない支援活動の日々と僕の人生には納得の言葉です。

孔子こうし(古代中国の思想家・哲学者)

子曰、吾十有五而志于学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲、不踰矩

上記が孔子の言葉ですが、分かり易く言い換えると下記枠のようになります。

孔子は15才で学問を志し、30才で独立、40才で迷わなくなり、50才で天命を知り、60才で他人の言葉を謙虚に受け止められ、70才で人の道を踏み外すことなく自由に行動できるようになったそうです。

己の欲せざるところ、人に施すことなかれ

これも孔子の言葉のひとつ『自分がされて嫌なことは、他人にもしないことだ』ですが、言い方を変えれば『自分がして欲しい事は他人にもすれば良い』とも言えます。

人の死は自然の摂理で100%の確立、しかし終幕前は医療、施設を始めとした費用が年金額を上回るほど掛かり続けるのも極々普通、高額な費用の掛かる葬式など出来なくても不思議ではありません。

でも残る家族からすれば精一杯の事をして送ってあげたいのが心情、その家族の想いを逆手にとり「供養」と称しながら無駄に豪華で時に脅しまで使った葬式イベントで自分の儲けを優先させるか、残る家族の生活を優先し無理をさせず、されど使用品と内容は平均以上の水準の葬式をと考えるの違い。

自分が家族の立場ならと考えれば大半の人達は後者を選択します。しかし立場が施行する側になった途端、家族の想いより商売・利益・儲けを優先させる人が多いのも事実。

葬儀屋だけでなく、どんな人でも客の立場に成れば客側の発想をするもの、あなたが行きつけの店は「より良い物をより安く」販売してるとか、「他店より旨い、品質が良い」など、他店に行くよりあなたが得のできる店ではありませんか? だから行きつけなのではなりませんか?

相手先のある事業なら、例え医者でも全ての事業に当てはまるはずです。孔子の言葉を知って意識してきた訳ではありませんが、他人の考える事は分かりませんから「僕が何をすればあなたの希望に沿えますか?」と直接聞いたことをひとつ、ひとつ、目標として完成させ続けてきました。

利用者の声を本気で反映させるだけ

利用者に業者の適性料金など存在しません。少しでも安くて良い物を売ってる店で買いたい、極端に言えば『タダ』まで有りが本音、その本音に沿えれば利用者が自然に増えるのは道理、例えば当支援センターでは仕入れ価格より安い1万円で棺を販売してる計算になるので確実に赤字です。

ポイントは『赤字では売れない』と考えるか、それが利用対象者にとって必要なものであるなら『赤字で売るにはどうすれば可能になるか』この根本的な発想の違いは、無料死後手続きアドバイスも含め、様々な場面で誠意、信頼、として利用者に伝わり結果として利用者からの紹介に繋がると知りました。

プランが赤字で利益が出ないから料金を上げる、、当然と言えば当然だけど、何かあれば料金に反応させるのが当たり前になれば目指す支援からは遠ざかり、好きでもない葬儀業界で生きる意味は無くなります。

赤字プラン筆頭は最安価の「直葬プラン」、利用する家族の多くは葬式発生時点で余裕の無い状況、75,000円を分割にしなければ生活に支障が出るようなら、生活が守れる回数の分割も珍しくありませんが、3,000件近い支援活動で未払い事故『ゼロ』が誠意を感じてくれてる証明です。

葬式(火葬)は洋服等と違い我慢できるものでなく、大変だから来月と延ばせるものでもありません。だから例え赤字だとしても国保から支給される葬祭費に近い料金設定が必要なんです。

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