嬉しくもあり寂しくもあり

我想う支援日誌
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昨日16日午後1時、3カ月毎の検査で病院に行き血液検査(血糖・コレステロール)・尿検査(尿内の蛋白や糖の検査)で1時間以上待って2分の問診と次回検査日時の予約をすると、精算所でカルテと保険証を提出して更に待機、すると事務所から女性が出てきて声を掛けられた。

「武井さんお誕生日で70才になられましたよね」
「はい」
「なので今回から負担割合が3割から2割になりますので、ちょっと待ってくださいね」
「あらそう、ラッキーじゃん ^^♪」

即座に出た言葉でしたが、少し時間が経つと割引きは嬉しいけど、改めて「お爺さんですよ」と念を押されてるような気がして、素直に全開で喜べない自分がいます。 

月収28万円以下の人限定らしい、、

事務所に戻って調べてみると70才以上が全員2割負担でなく、月収28万円以上の人は「現役並み所得者」と称され3割負担と分かった事から「収入も低い老人です」と更なる追い打ちを掛けられた気がして頭に浮かんだのは「嬉しくもあり寂しくもあり」のことわざでした。

このことわざ、子供や孫の成長する姿を見た親(祖父母)目線限定だと思ってましたが、病院の自己負担割合で実感させられるとは思いもしませんでしたけど、設立当時から会員さん達に言われ続けた「いつか必ず良い事がありますよ」のひとつかもしれません。

病気の早期発見と我慢しない支援

結果論ですが、血糖値、γ-GTPの数値は倒れても不思議でないと言われたが倒れる前に投薬で抑えられ、胃癌はステージ「ゼロ」で発見された事で開腹手術をせず8日間で退院「まだ死ぬ時じゃない、もう少し支援活動を続けないさい」とでも言われてるような気さえします。

葬儀支援も50代は毎年倍増と増え続けた事で、日本一安くて高品質と堂々と言える支援内容が完成できたり、62才からは依頼を受ける事で「モヤモヤ」「むしゃくしゃ」「イライラ」を伴う依頼は全て排除すべく「非会員」「菩提寺葬式・寺墓」「一般葬」「横柄な人」の依頼は全て排除。

多分、菩提寺の葬式依頼を断るのは日本で唯一無二の存在だろうがイライラする事は無くなりました。老人のイライラは心臓にも良くないですから、お気楽な精神状態で葬儀支援を続けられてる事が、より会員さん目線を貫く相乗効果をもたらしてくれてます。

最高の褒美かもしれません

70才の僕に欲しい物は? と聞かれても「ありません」と答えるし老人の大半が同様に答えるでしょうが、不可能ですから口には出しませんけど、老人誰もが「若さ」と「健康」は欲しいはずです。

それでも70才にして夜中1時間30分の距離まで寝台車を運転してお迎え搬送しても元気だし、胃癌は早期発見で治癒、糖尿病と肝機能も投薬を受けながらですが、葬儀支援を行う日常生活に支障ありません。

つい先日も言われましたが、歩くのは他人より早いし、会話のスピードも同年代男性より早いし、話しを聞いてても飽きない程度の話術も備えてるらしく、印象は50代~60代と思われる若さと健康が葬儀支援を続けてきた最高の褒美なのかもしれません。

この先は分かりませんが2025/01/17現在、天然のボケはあっても認知症はなく、文才は無くてもブログも書け、ホームぺージや印刷物の完全データ、更には故人の配偶者に最善と思われる各種手続は法的要素も含めたアドバイスができる程度の記憶力と思考回路は残ってるらしい、、、

『嬉しくもあり寂しくもあり、されど喜びもある日々』が今の僕の日常生活のようです。

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