終活・エンディングノートの記事を見ると色々書いてあるし葬式をどうして欲しいとか、墓のことまで書いてあるようだがこの感覚が間違いの基だ。
まずは終活の根底に気づくことで根底は『家族に迷惑を掛けない為』これに尽きる。
この大前提を踏まえた上で「看取りは」「葬式は」「遺骨は」と考えなければ意味はない。と言うか家族に後悔させることに成り兼ねない。
もっと言えば「仲良し家族のいる人」「お一人様」「疎遠な家族のいる人」など個々の環境は全て違うのだから自分の環境によっても違う。
お一人様や疎遠な家族なら存命中、逝去時、遺骨処理まで全て考えておく必要があるが、仲良し家族がいるなら話しは違ってくる。
しかし仲良し家族であっても「しっかり者家族」もいれば「いい加減な家族」もいるわけで自身がしておくべき事は違ってくる。
「葬式の事なんて考えなくていい」と言ったとしても当てに成らなければ大半は自分で決めておくしか無いのが現実だろう。
よって『家族に迷惑を掛けない為』には何をしておくべきかと考えれば自ずと答えは出てくるだろうし最初に考えるべきは『終幕まで自身の生活』だろう。
》自分の生活は自分の預貯金、年金で可能かどうか
》入院、入所が必要になった時はどうか
》自分の財産を換金すれば可能かどうか
》或いは立替して貰えば生命保険金等で賄えるか
あとは個々の状況により色々だろうが周囲や家族に迷惑を掛けない為にどうすれば良いかと考えれば必然的に正解と言える答えに辿り着けるだろう。
時々エンディングノートが自己主張に終始してる人もいるようだが、なら書いて無いほうが家族にとっては助かるだろう。
例えば墓の無い家族で「墓は公営墓地に建てれば管理費も安く苗字は書かず絆墓地にすれば誰でも入れるから墓を守れるだろう」
なんて書かれたら墓を建てるしかなくなるが墓守不在で墓閉じが増えているのに自分が墓に入るのが当然と考えての意見だろう。
そこで具体的にすべき事の大枠を書いておきます。
「不動産登記簿」「預貯金口座」「株券など有価証券」「生命保険証書」「現金」「貴金属」などと使用してる各印鑑他必要な物は全てまとめる。
「遺言書を書き」何処に預けてあるか認知症になる前に伝えておく。
「葬式について」その時点の財布事情で無理をするな「直葬で構わない」と書くておく。
「遺骨について」散骨も含め葬式同様無理せず家族の思う処理で良いと書いておく。
「個々の家族への言葉」自分との事より、これからの人生を互いに助け合って生きるなどのアドバイスを書いておかれると良いでしょう。
死んだ事は無いので分りませんが、死んだ人間である自分への配慮より残る家族同士の生き方を憂慮した内容を中心とすべきな気がする。
また間違っても自分の死後に家族崩壊などあってはならない訳で、家族が仲違いするような条件があるなら全て生前に対処するか遺言書に書き記そう。
今回の内容は大前提として『残る家族が笑顔で暮らせる事』その為の終活という視点で書いている。
「終活」の基本は家族に迷惑を掛けない事
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