我々の年代になると仕事人生をリタイアして悠々自適な人生だと苦笑気味に言う人も多いが60代後半での再就職は簡単ではない。
60才、65才定年後の生活は以下の3パターンだろう。
『年金生活になる』
『嘱託になって続ける』
『新たな仕事人生を生きる』
そう考えると経営者ではありましたが52才で葬儀支援の道に入ったわけで、サラリーマンの方は定年後を考えるには参考になる年代だろうと思う。
新たな仕事を始めて軌道に乗るまで5年ほど掛かったし、新たな人生とはいえ自身は更に高齢化するわけですから、その点も検討する必要がある。
悠々自適
気の向くままにのんびり暮らすさまを意味する表現。物事に煩わされることなく、ゆったりと好きなように時間を過ごす。
年金生活を送ってる同年代以上の人達とも話しをする機会はあるが、個人的には羨ましいと思った事はなく悠々自適な生活は要らない。
若い頃から仕事一筋で生きてきたせいか、のんびり、ゆっくりが苦手でたった1日でもポッカリ空いたら何をして良いか困るほど不器用な人間です。
追われ過ぎるのも疲れちゃうけど、少し追われるくらいの人生のほうが落ち着く。
海外にも100回ほどは行ってるけど長くても時間単位でスケジュールを組むし、行き帰りはのんびり船とかでなく、飛行機で早く移動したいタイプ。
どう考えても庶民というか貧乏性でゆとりのない人間ですが、バタバタしながら生きる人生が性に合ってるようです。
武井という人間
》規則正しい生活が苦手(夜は寝るのがもったいないとさえ思った)
》夜は強いが朝は弱いタイプでした
》単純作業や拘束されるのが嫌い(工場勤務は出来ないだろう)
》与えられる仕事も好きじゃ無い(自分の意思で仕事をしたい人)
》仕事は時間でなく目的達成まで続けたいタイプ
》お金は必要だけど『遣り甲斐』のほうが大事
こうして見ると『葬儀支援は適職』だろうと思えるし、突然の流れから自分の意思とは関係なく始まった仕事だから『天職』なんだろうと感じる。
これらをあえて書いた理由は――、
リタイア年代になったら『素の自分で生きろ』生きるべきだって事です。
他人の価値観と自分の価値観は同じではありません。世間で言われる常識の捉え方も実際は様々です。
大事なのは他人からどう見えるかでも家族からどう見えるかでもなく『己が人生は自分で有意義に生きて人生を謳歌すること』だろうと思う。
当然、自分以外の人に迷惑を掛けないのは大前提です。
我慢が美徳だと思わない事です。他人から良い人だったと言われた所で自身が満足できない人生など生きるべきではない。
あなた自身、我が人生を楽しみ謳歌すれば、きっと配偶者や家族、周囲の人達の人生にも理解もできるし、助け合える人生になる気がする。
綺麗事を言う気はないが、多分、人生で家族にも職場でも今が一番優しい気がするけど、その根底にあるのは『無理をしない生き甲斐のある人生だからだろう』
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