広告宣伝しない2つの理由「3」

我想う支援日誌
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広告宣伝しない理由の最後、依頼者側からすれば知らなければ依頼できないのは確かですが、全ての人がネットをする訳でなく『死』に関心のある高齢者ほどアナログですからネット・チラシ・各施設のテレビCM・公共雑誌・立て看板などあらゆる広告媒体を使わなければ県内全域で周知されず、それほどの広告宣伝をすれば確実に料金に跳ね返ります。

利用者の中には「もう少し高くなっても良いから――、」と言われる方々もいましたが、もう少しとはどのくらいを言うのでしょうか?きっと数万円のことだろうと思います。

24時間対応の仕事ですから8時間勤務として最低3交代、お迎え搬送は2名が基本で6名が最低人数、一般社員は法律で決められた休日対応まですると最低でも8名体制、直葬プラン69,000円は169,000円まで値上げせざるを得ません。

また1名体制では様々なケースを想定すると会員が納得できる施行は不可能ですが1+1=2でなく、3にも4にもなるのが現実ですから、利用者目線で満足感や納得感まで提供するなら最低人数は2名だろうと思う。

商売で葬式なら問題ありませんが、高品質で超低料金(出来れば葬祭費5万円で火葬できれば一銭も無くても死ねる)の葬儀支援が目的ですから目標とかけ離れてしまうのです。

かといって直葬は赤字対応で他プランで埋め合わせる手法では、他のプラン利用者は他家の負担をさせられる訳で辻褄つじつまが合わず、全利用者を公平に支援する事はできません。

そう考えると、まずは徹底的に経費を抑える。人件費・家賃・外注(納棺師、司会、スタッフ等)・広告宣伝・更には陸運、法務局、税務署など諸手続き作成費等は全て自分達で行い、散骨関連、墓閉じの一部、自社永代供養墓年会費の一部などから得られた利益で補填するしかありません。

『なぜそこまでするのか』

人の死はお金が無くても無情に訪れ、逝去前は入院費等で費用が掛かり余裕が無くても不思議ではありません。されど実情は故人の供養だ、普通だ、常識だと金の掛る事ばかりを無責任に並べ立て、残る家族の生活に本気で配慮する葬儀屋、宗教者はいません。

簡単に家と『現行の日本の葬式の考え方、在り方は根本的に間違ってる』からです。死後に騒いでも故人が戻ってくる訳ではありませんし、宗教者や葬儀屋の言う供養は行う側の自己満足と業者の利益でしかありませんが一番大事で最優先すべきは葬式の形式では無く、配偶者や残る家族の生活』『葬式で最優先は温かく送ること』です

しかし安かろう、悪かろう、粗末では心情的に満足できなのも確かですから『超低料金』『誰が見ても違和感なく』『残る家族の生活が守れる葬式』が必要なのです。

経費を掛けた広告宣伝より、実体験した家族が満足できる支援内容なら、家族の周囲にいる人達や参加した人達は良くも悪くも実感できますから、5,000名会員の葬式を明言してる通りに施行し続ける事が最大の周知手段となるはず、その結果が広告宣伝しなくても会員が増え続けてる現実と理解してます。

群馬県(埼玉、東京含む)以外の地域の方で当方理念に近い葬儀屋を希望するなら、ネット広告、チラシ広告では見つかりません。周囲には葬式経験のある人達は沢山おられますから出来るだけ多くの情報を集めれば「利用すべきで無い葬儀屋情報」のほうが多く集まるはずです。

それでも何十件とある葬儀屋の中に何度も高評価を聞く葬儀屋があったら、自分で出向いて直接相手の話しを聞き、我が家の都合も話せば『自分の心が勝手に良し悪しを決めてくれる』でしょう。逝去後の葬儀屋探しで満足は至難の業と心しておくべきです。

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