「直葬」は家族葬です

日々の「我想う」
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相変わらず非会員さんから逝去の電話が入る。
「母が施設で亡くなったんですけど、自宅に連れてって貰って、斎場の葬儀でお願いします」
これが9日午前8時に受けた電話内容だそうです。
うちは会員制で全会員が千明の電話に登録されており、電話番号が出たら非登録電話なので――、
「会員さんですか?」
「いいえ違いますけど・・・会員じゃないと駄目なんですか?」
「はい、うちは会員限定でお受けしている葬儀支援センターなので、すみませんが、お受けできません」

こんな会話が、いまだに年間数十件あります。
葬儀屋は亡くなったら電話すれば良い――、こんな思い込みなのでしょうね。
それとホームページ、会員配布パンフレット、懸垂幕など金額だけしか見てないのかもしれません。

思い込みと言えば、葬式形態の思い込みも変だと感じます。
葬式は業界、消費者問わず「直葬」「家族葬」「一般葬」の三択で呼ばれる事が多いですが、それぞれ納得できる定義を見たことがありません。先日、千明の叔父さんが逝去した話しを書きましたが、電話での内容を改めて考えると「家族葬なら安い」と思い込んでたのが分ります。

家族葬は安い――、何となく気持ちは分りますけど、家族葬の打合せで200万円の見積もりに驚いて確認の電話をしてきたのですから間違いないでしょう。見積もり段階で200万円を提示する葬儀社ですから請求書時点では250万円くらいには成るかな(葬式200万円って怖いですね・・・)

家族葬の定義をあえて言うなら「会葬者が全て事前に分っている葬式
一般葬の定義をあえて言うなら「会葬者数が施行してみないと分らない葬式

この区分が各葬式定義の違い、葬式の区分けは「家族葬」「一般葬」の2種類で良いと思う。
「家族葬」の中に(親族葬)(直葬)(特定者お別れ会)が分類される
「一般葬」の中に(社葬)(不特定多数のお別れ会)が分類される

家族葬で友人知人など50名以上の葬式もあれば、一般葬で10数名の斎場葬も見てるから人数の問題ではない。
この考え方は、あんしんサポートの葬儀・葬式の定義と似ている。
一般的に辞書も含め「葬儀」「葬式」は同義語として扱われますが、うちは別々の意味で扱ってます。

「葬儀」(新しい熟語を造ったほうが理解はし易いでしょうが・・・)
死後でなく生前が基本、家族が家族との別れを受け入れる為の時間のこと(対象は家族同士とは限らない)
とても大事な時間になる人もいるし、さほど時間の掛らない人もいて、いつその時が来ても後悔しない為に使う時間、人により数年、或いは逝去後も暫く引きずる人だっている。また「葬儀=別れを受け入れる為の時間」この考え方だけが全世界、全信仰、全無信仰者でも共通できる唯一の考え方と言えるだろう。

「葬式」
この世に残した身体(焼骨)を故人に代わり処理する時間のこと。
信仰ある人は各宗教の教えや慣習に沿った葬式を行い、無信仰の人は死体(遺骨)処理と最後のお別れの時間が葬式と考えるのが自然、できれば信仰の有無を問わず温かく送ってあげたいものである。

また「家族葬」「一般葬」は葬式で「直葬」は葬式とは認めないような発言をする人もいるが、これは誰でも信仰がある前提で言ってるに過ぎず偏見でしかない。もっと言うなら信仰とは「生きる指針」であり、人生の最後に葬式があるだけの事、人生の指針とならず葬式だけするのを本来宗教と言わない。故に葬式=宗教儀式という前提は大きな間違いと気づくべきだ。

大体に於いて宗教儀式を勧める担当者自身に厚い信仰があるだろうか――、
有るとしたら他の信仰を持つ依頼者に偏見を持つだろうし、無いとしたら自分に無いものを人に押し付けるのは如何なのものか――、信仰のある人は信仰に沿った葬式を行えば良いし、無信仰者は宗教儀式を除き、空いた1時間全てお別れの時間とすれば、最後のお別れをしたい人達にもゆっくりお別れして貰えるし、大きな式場である必要もないから料金も安くなる可能性が高い。この葬式の考え方なら全国民、全世界の人が受け入れられる葬式を提供できる。

葬式の呼び方は何でも良いが「直葬」は家族葬、葬式を宗教儀式だと思い込ませる葬儀屋と宗教者の思惑に乗せられてるだけです。出来れば家族全員が元気な時に今回の話題を家族でじっくり話し合ってみて欲しい――、

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