葬送儀礼はいつやるの? 生きてる時でしょ!

日々の「我想う」
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葬送儀礼を略して「葬儀」となり、死者を葬る儀式というのが広辞苑の説明ですが「存命中」と「逝去後」さらには「故人」と「家族」とに分けられ、存命中は故人となる対象者を中心に考え、逝去後は残る家族を中心に考える事が最も理に叶っている(故人の魂だ何だと霊的な考え方はすべきではない)葬式は誰ためにするかと言われたら迷う事
なく、残る家族の心を癒す為で良いのに、何故か世間体や見栄を優先する現行の葬式。

まず「存命中」と「逝去後」対象者にしてあげられるのは存命中しかないのだから、存命中は対象者最優先が当然の流れとなり、存命中の対象者に対し、家族としてできることを考えてみる

・思い出の場所など、行きたくても行けなかった場所があり、可能なら連れて行く(極端に言えば、途中で逝去しても、故人の希望を叶えようとした結果ならそれでいい)
・食べたい物があったら、死んでも良いから食べさせる(医師は誤嚥性肺炎を思慮し食べさせないし飲ませないが、それで治るわけではないのです)
・逢いたい人がいるなら、意思の疎通ができたり、動けるうちに逢わせてあげたい
・対象者の人生を振り返らせてあげたい(話し、写真、動画など)
・自分が家族達に愛されていると実感を持たせてあげたい
・やり残したことがあるなら、できる所まで家族が手伝ってあげたい
・そして人生の終幕を迎えるまで、心穏やかに安心して過ごして貰いたい
・但し家族は金銭面、精神面、肉体面に於いて決して無理はしない事です

以上の言動には3つの意味があります

・人生の終幕を迎える対象者自身が感じる満足感と安心感
・残る家族が対象者終幕後に後悔しない為
・家族との別れを受け入れる為の時間となること

対象者が人生に於いて思い残すことの無いよう家族全員でサポートし、家族も家族との別れを受け入れ、逝去後に後悔を残さないよう過ごす、送る側も、送られる側も、今すべき事、今ならできる事を、医師の指示よりも優先して過ごす、数日で達する人もいれば、数か月、数年掛る人だっているし、中には逝去後も受け入れできない人だっているでしょう。それでも、これ以上の葬送儀礼があるでしょうか。

そして「逝去後」は、故人ではなく、残る家族の生活が最優先が絶対です


逝去後、最初に考えるべき事は、葬式の日程や内容ではなく「残る家族の生活が守れる葬式をする」ことなんです。亡くなった故人は何も言いません。この日が来るのは分っていたからこそ受け入れる為の日々を過ごしてきました。今すべきは、騒ぐことでなく、静かに、温かく、故人と交流のあった人達で送ってあげることです。逝去前は入院や施設などで散々費用が掛ったでしょう。介護、看病、見守ってきた家族は、心身ともに疲れ切ってることでしょう。財布の中身は寂しくなっている事だってあるでしょう。そんな時は火葬だけのお葬式で良いんです。親戚や周囲の人達が何を言っても、一番良く分っているのは故人なんです。

書いてる僕の感覚で言えば、葬式は火葬だけで良いから、焼骨を少し持ち家族で温泉でも行って、心身の疲れを癒す時間にお金は使うべき――、だと思ってます。温泉で上げ膳据え膳で食事をする時、故人の遺骨も同席して、最後の時間を振り返ったり、遠い昔に戻って話しをするほうが、豪華で大きな葬式をするより、自分の死をきっかけにして今まで以上の家族の絆が強くなるほうが、きっと故人も喜んでくれると思う。

葬送儀礼=葬儀は、宗教儀式ではなく、無信仰者でも、他人でもできるものです
あなたにとって大切な人との別れを受け入れる為の時間が、葬送儀礼なんです

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