小学3年生の息子に思い出を残してあげたい

日々の「我想う」
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奥さんと小学3年の息子を残し癌で人生の終幕を迎えた47才、逝去の10日ほど前に来て
くれたのですが、後1か月早く来てくれたら――、今ならできる事、しておくべき事が
色々伝えてあげられたのに――、心の中では思いますが、口に出せば奥さんの後悔にな
のるのは間違い無いので言葉はそのまま飲込む。それでも存命中ならできる事がある。

・今すべきは家族で一緒に写った『音声付き動画』を撮っておくこと
・食べたい物があったら食べさせてあげる
・逢いたい人がいたら、すぐに逢わせる
※ご主人に告知するなら、息子へのメッセージを残す『高校入学』『成人』の時用
・酷ですが、逝去後の収入とローンと生活についても話しました
・逝去後は自宅に連れて帰りたいとの希望も了解しました

それから10日後、午前4時50分逝去の一報、病院へのお迎え、自宅安置と進みますが、
180cmを超える大柄ですから、男手の無い状態で運ぶだけでも大変、なんとか部屋に
ご安置すると限界と思える5日間目の日曜日午前まで自宅安置の提案をしました。

・27日 自宅安置(合掌は外し、腹部、胸部、頸動脈まで15㎏当てる)
・28日 自宅安置(頸動脈は外し半分を頭部下に移動)
・29日 自宅安置(15㎏追加、2.5㎏は頭部下)
・30日 自宅安置(腹部、胸部の完全凍結に入る。頭部下追加)
・31日 午前10時30分時自宅お迎え、あんしん館移動(全ドライ外し解凍に入る)
・31日 12時30分湯かん納棺儀、午後2時家族葬、午後3時~お別れ午後7時終了
・ 1日 午前9時15分斎場集合、火葬、午前11時過ぎ拾骨して終了
・ 1日 自宅の後飾り祭壇にご安置して全て終了

》家族でお別れの時間を最大限取ってあげたい(実質5日間は化粧無し限界です)
》5日間以上の安置なら初日の段階で死化粧をしておく必要あり
》この日数でもドライアイスの追加は1回だけで済むのです

技術的な部分は、この程度にしますが、葬式期間中、泣き崩れる母親を叱咤しながらも
支えてきたのは小学3年の息子だと奥さんから伝えられました。亡骸の横で泣き崩れて
「パパが死んじゃったよー」と泣き崩れていると「パパは死んでないよ、此処にいるで
しょ」と自分の胸を叩くんだそうです。それを聞き、強いなぁとも、健気だなぁと思い
『よし、この子が大きくなった時、自分の父親は自分の手で送った』と思えるような、
葬式にしてあげたいと思いました。

喪主の座る位置に座らせ、湯かんも最初に行い、花入れも一番、父親が好きだったチョコやホテトチップは棺に入れる前に開けて「パパと一緒に食べな」と息子だけに食べさせました。また翌日火葬炉に入ると最初の焼香も息子、前橋斎場ですから拾骨は担当者でなく僕自身が入りましたが、拾骨も息子が最初、故人は180cm以上の大柄で7寸の骨壺に収まらないのは承知の上、拾骨室に用意してある遺骨を崩す棒で息子に崩させますが、力が足りない場面は僕の手を重ねる形で最後まで拾骨しました。

小学校3年生くらいの子供はどうしても後回しになる傾向が強く、どうでも良い親戚が
しゃしゃり出てくるケースもありますが、今回は最後まで息子を中心にした葬式の施行
だけを心掛けました。もしかしたら忘れてしまうかもしれませんが、自分は忘れたとし
ても母親や周囲の人達から話しは聞かされるでしょう。でも覚えていたとしたら、多分
『父親は俺の手で送った――、』と思って貰えるんじゃないかと思う。

葬儀屋が葬儀ができるのは当り前の話しですが、個々の家族にとって最善と思える葬式
内容を提案できるのは、施行する我々以外にはありません
。あくまで家族が主役であり
親戚、宗教者など家族以外の人達は全て脇役に徹して貰い、家族の思いを形にしたり、
思いの妨げを排除したり、滞りなく進むよう黒子となって葬式を進めるのが、葬儀屋と
しての本来の姿だと思うのですが、現実は違うから『葬儀支援』として行うのです。
この奥さんには、まだ暫くは最善の手続きなどの話をする事になるでしょう。

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