葬式の心配より人生を楽しめ

日々の「我想う」
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ちぎら
ちぎら

前回ブログで代表が何気なく言った「日々気楽に、楽しく過ごせる事はとても大事――、30年間の経営者人生で学んだ事だよ」この言葉を聞いて改めてハッとしました。この14年間は私が一番長く一緒に過ごしてきた訳ですが、代表の言動を見ていると確かにその通りの日々を送ってきましたし、小さな喜びを見つけるのが得意ですよね。お蔭で私も落ち込む事もなく、365日無休でも嫌にならず、苦にならず、生き甲斐と、遣り甲斐を感じながら、堂々と胸を張って過ごさせて貰えてますが、『何を』『どう考え』『行動すれば』同じように出来ますか? 読者の方々にも教えてあげたいし、自分でも出来るようになりたいです。

代表
代表

うーん、難しい質問が増えてきたなぁ、僕は厳密に考えて動いてる訳じゃないから、この質問を正確に答えるには、武井という人間の育ち、生きてきた環境や性格、生活、仕事など、多方面から分析しないと正確には分らない。でも千明が求めてるのは『考え方』と『言動』だろうから土壌は無視して、種蒔き以降の部分を書くよ。

ちぎら
ちぎら

土壌は無視して種蒔きですか?

代表
代表

意味不明かな(笑)種さえ撒いておけば成長する植物もあれば、肥えた土地で無ければ育たない植物もあるし、温暖な土地だけ、逆に寒冷地で無ければ育たないものだってあるけど、今回はそんな土壌や気候にあたる僕の性格、環境、家族の人間性などは無視して話しを進めるって事だよ。

ちぎら
ちぎら

あー、そうか、個々に持ってる条件によっては、種を撒いても目が出ない事もあるって事ですね。言われてもみれば、確かにそうですよね。

代表
代表

どうして、そう考えるようになったかは飛ばして『これが現実』だから『こう考えれば良いんじゃねぇ』ってのは答えられる。この話題はまともに話すと相当長くなるはずだよ。

ちぎら
ちぎら

個人的には長くなっても色々聞きたいですけど、それは次の機会にして今回は結果的な部分でお願いします。

代表
代表

60才以上の人なら理解できるだろうけど、幼少、児童、学生、社会人、中年、と自分の人生を振り返り、自分の知ってる老人を思い出せば、自分の身体が思ったように動かず、自分が行きたい場所へも行けなくなる時が、そう遠くない未来に来るくらいの事は誰でも分るだろう。それが単身でも、或いは夫婦でもね。人生はゲームのようにリセット出来ないから、老いたら、かつてのように動けることはない。でも、今はまだ動ける――、だから今できる事は、すぐにしておけ!って事だよ。
》温泉や行きたい場所があったら、今日、明日にでも行くべき
》食べたい物があったら、そこに行って食べておけ
》逢いたい人がいたら、すぐに連絡をとって逢うべき
》したい事があったら、すぐにすべき(悪事は駄目だけどな)

ちぎら
ちぎら

それと、葬式の心配とどの辺りに関連があるのでしょうか?

代表
代表

あのな『したい事』には大なり小なりお金が掛かるんだよ。人が何かするには、ほぼ100%に近い確率で金が掛るのが今の世の中、ところが年金生活老人の収入はさほど多くない。そこで心配になるのが『死後費用』なわけで、その不明確な費用のせいで、したい事すらできない。だから死後費用の心配をしなくて済むようにしておくしかない。でも死後費用が100万円、200万円と掛かったのでは貯められないから意味がない。5万円の国保葬祭費とプラスいくら位の費用なら安心していられるか、その枠内で可能な死後処理を見つければ、死後の事は一切考えずに済むし、持ってる金は全て使えるだろ!? この段階になって初めて、温泉、旅行、食べ物など、自分達の許容範囲内でしたい事ができる準備が整うことになる。だから『葬式の心配より人生を楽しめ』なんだよ。

ちぎら
ちぎら

死後の火葬と遺骨の処理金額が10万円ほどで済む葬儀屋を探して確約を撮っておくなり、前払いしておくなりすれば、死後の心配は一切要らないから、あとは残った自分の人生を楽しむ事だけ考えろって事ですね。

代表
代表

そういうこと、貯金も使い、家屋敷を売り払っても構わない。何も無くなっちゃったら生活保護の申請も視野に入れておけば良い。病気、施設まで心配してたら、結局は使えない、貯めなきゃ――、って考えるから人生を楽しめないからな。

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