「痴呆は恐怖心の特効薬!?」

日々の「我想う」
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代表
代表

今回は質問でなく、前回『死後は怖くない、怖いのは老い』についてと話したあとで、フッと思ったことについて話そうと思うけど良いかな?

ちぎら
ちぎら

全く構いませんけど、どんなことですか?

代表
代表

『老いへの恐怖心』と『痴呆』についてだけど、頭はしっかりして痴呆はなく肉体や反射神経など身体面に於いて、今までのような生活が出来なくなった自覚がある老夫婦とか、独居老人が将来を考えたら、絶望に近い心境になっても不思議じゃないと思うんだよ。自分の老いを日々痛感すれば情けなくもなるだろうし、この先どうなるか不安と恐怖心も増すばかりじゃねぇかなぁ!?

ちぎら
ちぎら

でしょうね、もう生きていたくないって思っても不思議じゃないですよね。私も自分の事が自分で出来なくなったら、生きていたくないが今現在の心境ですからね。

代表
代表

だよな、痴呆に関して言えば、過去の人生をキッチリ、しっかり、ビシッとしてた人ほどダメージは大きいだろう事は容易に想像できる。そう考えると、自分で命を絶ちたくなるほど情けない感情が、湧き出ないように自己防衛するのが、痴呆とか認知症という考え方は出来ないかな?

ちぎら
ちぎら

はい?

代表
代表

まともな神経のまま、肉体的な老いや、物忘れなど日々経験してたら、自分が嫌になって自ら命を絶ちたくなる人だっている――、そこで、すぐに忘れたり、過去も忘れたりすることで、今の自分を受け入れられる頭の構造に変化させてるのが『認知症』や『痴呆』という特効薬で、緩和効果が高ければ高いほど、副作用も大きくて、配偶者や家族の事を忘れたり、妄想、徘徊など現実離れの副作用が強くなる。但し、プライドも世間体も、もっと言えば人として持つ全ての執着から解放される事で、自分は辛くない。但し家族や周囲には大変な迷惑をかけるけどな――、

ちぎら
ちぎら

あー、そういう事ですかぁ、言われて見ると納得ですね。

代表
代表

だろ!? それと配偶者も家族も分らなくなったら『家族が直接面倒を看なくても良いですよ』というサインとも考えられないか?

ちぎら
ちぎら

当人は自分に優しく接してくれる人なら、家族で無く、他人でも、施設の人でも、誰でも良いのかもしれませんね。

代表
代表

勿論、他人に面倒を看て貰う代償は必要だけど、親戚とか世間体を気にして面倒を看る必要が無くなる時でもあるとしたら、大変な日々を過ごす家族にとって辛さの軽減にもなるし、家族には優しい状態への移行ともとれる。

ちぎら
ちぎら

痴呆や認知症は家族にとっても大変な時期だけど、一定以上に進めば、家族の苦労を半減しても良いですよ。という対象者自身からのメッセージって事ですか?

代表
代表

うん、勿論、軽度のマダラ呆け等では一概に言い切れない面があるけど、痴呆とは『自分を苦しめない特効薬』だったり、『家族を苦しめないサイン』だったりと考えれば、少しは受け入れ易いかなぁ――、って思ったわけよ。

ちぎら
ちぎら

どこから、そんな発想が出てくるんですか? 頭の中を割って見てみたいです(笑)

代表
代表

痴呆、認知症のあるがままと、家族の実態を客観的に見てるだけだよ。

ちぎら
ちぎら

代表は、加齢、病気に対して、どんな風に考えているのですか?

代表
代表

なら次回は、その辺りを書いてみますかね。

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