何も無い、裸一貫からは幸せなこと

日々の「我想う」
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この感覚は遅ればせながら60才を超えてようやく気付いた訳で、我ながら『さすがに凡人』だと実感する次第です。15才で家業の倒産がなく、そのままスーパーの息子として育ち、後を継いでいたらどんな未来が待っていたでしょう。

皆さんの住む地域に個人スーパーで何十年も繁盛し続けている店がありますか? 恐らく大半の人は「無い」と言うはずです。かつての商店街はシャッターが閉まってるのが普通の時代です。だとしたら、後を継いだ僕はどんな人生を歩んだでしょう。周囲に大きなスーパーやモール等ができて客数が減り続ける中で苦悩の日々、結局は廃業した可能性が高いです。勿論、方向転換して大きな企業になった可能性もあるでしょうが、一握りより少ない確率の中に入れるほど商才があるとは思えません。

亡くなった母親や姉妹は「倒産してなければ――、」と言ってましたが、15才の少年には父親を否定するものに思えたのと、母親が何度も口にするのを聞いて、そんな話しを何百回しても全く意味はないし、自分を惨めにするだけと思ったのが、今の『人は執着を捨てれば楽に生きられる』この言葉に繋がってる気がします。

これに近い「昔は――、」という感覚を持ってる人は結構多いような気がするので、僕の人生を書きますので参考にされると良いでしょう。

『社会の流れも含め10年後、20年後、そして今を冷静に推測してみる』

仮に倒産せず25才で受け継いだら40年前ですから、今も繁盛し続けてるとは考え難いし、自宅のあった周囲の実情を見れば、存続してるとも思えません。家族だけで賄える仕事量で無いだけに、人件費も掛るわけで、経営が大変になれば借り入れもしてるでしょう。僕の中にある商才や経営能力は、大別すれば凡人枠でしかなく、借金を抱えて閉店と考えるのが自然だろうと思います。

だとしたら、今のような自宅を建てられたでしょうか、65才にして人の役に立ち、肉体は大変でも、お気楽な人生になったでしょうか。それと家族を始めとして今、周囲にいる人は誰もいないでしょう。

そう考えると、僕の人生に於いては過酷な未来を避けるべく、手遅れになる前に家業倒産という大手術で暫くは後遺症もありましたけど、10年後への進路変更をして貰えたと考えられます。家族は離散し、お金は無いけど、自分の好きな人生を歩くスタートラインに立たせてくれたのが家業倒産だったようにも思えるのです。

受け継いだ道が自分の適職とは限らないし、自分の好きな道を歩けるし、商売が永遠に繁盛するなど無いのは、皆さんが住んでる街の様子を、子供の頃から現在までを振り返えれば分る通りです。

過去の挫折や困難(僕の場合は家業の倒産)は、新たな希望を持てる人生の出発点でもあります。あとは個々の考え方次第です。母親のように過去の栄光に縛られて生きるか、過去の執着は捨て今と未来だけを見て、新たな道を切り拓くかは自分次第です。

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