宗教儀式をしなかった後悔話しは信じ難い

日々の「我想う」
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ネットを眺めていると時々『宗教儀式をしなかった後悔話』に突き当たるけど、読んでみると又かと思うほど内容が似通っているから不思議だ。

① 対象者である親は存命中に「葬式は要らない、墓は要らない」と言ってた
② 親の考えを尊重したいし、自分も同様に考え直葬で葬式を執り行った
③ ところが、終わってみると毎日人が訪ねてくるし、親戚は色々言ってきて困った
④ 四十九法要は、と親戚に言われ、仕方なく僧侶を探したり、親戚の紹介で行った
⑤ 遺骨を入れる墓はどうするのか親戚に言われ、結局は墓を建立した
そして――、⑥ こんな事なら最初から普通に葬式をしておけば良かったと後悔した。

細かい部分の違いはあっても、又かい!って突っ込みたくなるほど内容は酷似しているから驚く。色々あって嫌々ながら葬儀の仕事を始め、葬儀支援への道を歩いて13年間、延べ千数百件の葬式を施行してきたけど、こんなケースは一度も経験してない。

また一般葬儀社で葬式して余りに高額費用が掛って大変だった話しなら、いくらでも聞いているし葬儀屋と僧侶に対するクレームもきりが無いほど聞かされている。

もしかしたら、僕らに直接言えず後悔した家族があったかもしれませんが、一般葬儀社や宗教者に対するクレームや後悔には遠く及ばないのは間違いありません。

あえて言うなら『③』らしき事だけ、後日、連日のように延べ十数人の人達が訪ねてくるケースはあったが、葬式期間に「そのほうが良いと」と伝えてあるので問題はない。

》現役で仕事をしている子供なら、自宅は留守だから訪ねてこない
》仕事の無い配偶者なら、葬式後は寂しくなるので、訪ねてくれたほうが心が休まる確率が高い
》出来れば一週間から半月くらいは、誰かが来てくれ、お茶でも飲んで話してくれたほうが良い
》親戚には事前に話してあるし、対象者の遺志と分れば、今時それ以上何か言われる事はない
》宗教儀式をしてない人が、四十九日法要をする確率は極端に少ない
》墓は要らないと言った時点で、遺骨の処理方法は話題になるし葬式の段階で決まってて当然

この手の話しは結論が先に有りきで、そこまでの話しを後から作ってるようにさえ感じる。不思議なのは、高額な葬式経験の後悔の話しをする人の話題がネットの中に少ないこと、うちに来る人達が特別!? だとしても1,000件以上の実績を踏まえてだからなあ。

これもネットの怖さのひとつだと感じる。
宗教儀式でも、無宗教葬式でも、家族の感覚と都合で好きに行えば良いと思うけど、ある方向へと悪意を持って誘導するのは間違いだろう。あえて「悪意」という言葉を使ったけど、一般葬儀社の人なら、自社の葬儀が当り前で、直葬は間違いと言ってるようなものだし、評論家なら自分が稼ぐ為には、悪人役が必要で、それが葬儀社だったり、直葬だったりするだけの事。

何度も言ってるけど、この手の話しで完全に抜けているのは『家族の生活事情と財布事情』です「葬式は金の問題じゃない」と言えない人達も沢山いる訳で、この言葉そのもが生活に余裕の無い家族に対しての差別発言だと認識すべきだと思う。

この家族の本音を言う「あんたに言われなくても、出来ればしてるんだよ!」

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