人は執着を捨てれば楽に生きられる

日々の「我想う」
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自分はもっとできるはずだ、自分にはもっと能力がある、世が世なら旦那さん、お殿様と呼ばれたはずだ、あんな奴に負けるはずがない、などなど、自分の能力、容姿、財力、見栄、世間体など、あゆる面で執着を持つのが人間、プライドとは「誇り」「自尊心」ですが、執着とも置き換えられます。思ったように成らないと、プライドが傷つくだけでなく自我も強くなり、比例して執着心も強くなります。

今ある素の自分を受け入れ、自分が壊れるほどの無理はせず、今生きている現実を見て幸せを感じられるようになれば、人は楽に生きられます。今のあなたが持ってるプライドや誇り、執着はあなたの人生を明るく、楽しくしているでしょうか? 勿論、その通りなら何も言う気はありません。しかし自分自身を苦しめているようなら言いたい。「人は執着を捨てれば楽に生きられる」

僕自身のことで言うと、元々関心はありませんが、前職社長時代はセルシオという600万円の車に乗っていましたが、本来車に執着の無い人間ですし、車は消耗品だと思っていますから、2020年5月現在乗ってる車は『87.000km走った中古車でニッサンノート』という車で税込98.000円でした。目立つ傷もなく、タイミングチェーンで10万kmで交換する必要もありませんし、駐車中にドアを当てられても気になりません。最低1年間乗れたらよし、2年間乗れたら最高でしょ? さらに消耗品として1度で経費計上できます。これらは全て『車に対する執着が無い』『車をステータスと思ってない』『お金があるように見せたい』などの執着が無いからのメリットです。

「人は執着を捨てれば楽に生きられる」
この言葉は人生を楽しむ極意だと思って間違いありません。と言ってる本人は葬儀支援という大きな執着の中で生きてるのは間違いありません。だから葬儀支援を実現、実行、継続するには様々な努力や苦労や健康さえも脅かされるのが現実です。それでも続けているのは、そんなデメリットより『遣り甲斐』『生き甲斐』『使命感』さらには、『達成感』のほうが比重が重いから――、なんでしょう。自分では利口じゃねぇなって思いますが、これが武井という人間の本質なのでしょう。

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