№1「人間の誕生と宗教の起源」

日々の「我想う」
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「葬式は宗教儀式以前に家族が家族との別れを受け入れる為の時間である」と公言し、根底にあるのは宗教儀式ではないとする根拠は『人類の起源は20万年前』に対し『宗教起源は1.2万年前』と言われるからです。人類は宗教が生まれる18万年前から誕生と死を経験してきた事になります。人類最小単位は家族、男女一対の「夫婦」から始まり、「子供」が増えれば「一家」となり、子供は成長して大人となるが、親はやがて年老いて寿命を迎え、ともに生きて来た家族と別れる。

これが人間のシンプルで不変な一生の流れです。

一方、宗教の基になる「神」は、人間の力ではどうにも成らない自然の驚異から生れたものです。現代に於いても台風、豪雨、干ばつ、雷などは人類ではコントロールできませんから、20万年も前の人類が自然を「神」と考えても不思議ではありません。日本の神の歴史を見ても「八百万の神・やおよろずのかみ」と言うくらい、自然の全てを神と崇めたのは多くの人が知るところです。

ついでに言うと「神」=「善」ではありません。「死神」「貧乏神」など多くの邪神も、神と称するのは誰も知るところです。

信仰のある家族は、信仰の教えや流れで葬式を行えば良く、信仰心の無い人や家族なら宗教儀式を行う意味はなく、無宗教のお別れとしての葬式を行うか、火葬だけの葬式で当然です。無信仰者が信じても無い宗教儀式を行うなど、信者にとって納得できる事で無いはずだし、無信仰の人が信じても無い宗教儀式を行い、宗教者に謝礼を支払う事自体がナンセンスです。

また信仰が無いのは恥じる事では無いし、僕のように「無信仰」だからこそ、どんな信仰の人でも偏見なく、家族との別れとして平等に葬儀支援が行えるのです。ちなみに僕の場合「無信仰という強力な信仰」を持っているとも言えます。

ゆえに、あんしんサポートは『葬儀とは互いの家族が、別れを受け入れる為の時間』と考えており、この考え方だけが、宗教、国家、人種は違えど全世界の全人類が共有できる概念と考えています。

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