№56「線香の本数と焼香の回数」

日々の「我想う」
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ちぎら
ちぎら

安置すると線香を供えるじゃないですか、その時「線香の本数は?」「焼香の回数は?」って聞く家族はとても多いですけど、宗派毎に本数や回数って違うじゃないですか、その辺りはどう考えれば良いですか?

代表
代表

結論を言うと、どんな宗派か全く気にする必要もなく『1本』『1回』で良いし、これが礼儀だと言える。一般的には浄土宗・曹洞宗・臨済宗・日蓮宗は1本、天台宗・真言宗は3本、浄土真宗は半分にした2本を横に寝かせて供えると言われるけど、横に寝かせる香炉と灰を使用している斎場は無いし、3本とは仏法僧という考え方だろう。
『仏』とは、仏だから故人の事と考えればいい
『法』とは、仏教の教えであり、開祖である釈迦とも言えるだろう
『僧』とは、仏教を伝える僧侶のことだろう
曹洞宗で行う迎え線香の如く逆三角形に供えるのだろうが、こんな事をされたら小さな香炉が一杯になるし、後から供える人の事を考慮すれば迷惑と分るでしょう。焼香についても1回~3回と宗派毎に一応の決まりらしきものはあるけど、会葬に行った人が相手先の宗派にまで気を遣う必要は全くない。線香でも焼香でも常に『1本・1回』が基本だと思っていい。

ちぎら
ちぎら

それと、神道、キリスト教の方など、仏教以外の人達はどうすれば良いのでしょう。

代表
代表

葬式なら列に並び焼香炉前で『自分の信仰で行えばいい』だろう。『神道』なら、二礼、二拍手、一礼の忍び手を行えばいい『カトリック』なら、十字を切れば良いし『プロテスタント』『他のキリスト教』『他の宗教』の方々ならご自分の信仰で送れば良いでしょう。

ちぎら
ちぎら

実際には余り見ない光景ですね。故人の行う宗旨宗派に合せると思ってましたけど、代表の意見は違いますね。その理由を教えて頂けますか。

代表
代表

・故人を送る心は、信仰の有無に関係ないし、焼香してる人の大半は仏教徒ではない
・自分の信仰があるのに信仰してない宗教の手法を真似る必要はないだろう
故人を偲び、故人思うから会葬に来てくれた人に強制するのは褒められた事でないし『ありがとう』が家族の本心だろう。それをとやかく言うほうが問題だろうし、もし他の信仰者は迷惑なら、その旨を明確に掲示しておくべき。大事なのは信仰でなく、故人を送る心の有無なんだよ。その意味では他宗教なのにわざわざ来てくれてる人は、義理で来てくれてる人より間違いなく心のある人とも言えるわけよ。

ちぎら
ちぎら

代表は明確な信念があるからできるでしょうけど、精神的に強くない人、迷った時は、どうすれば良いでしょうか――、

代表
代表

簡単だよ、家族に聞けば良いし、葬式では他の信仰で送って欲しくない家族なら葬式の前に自宅に行けば良いだけのこと。自分の信仰を主張する為に行くのではないから、式場であれ、自宅であれ、施設であれ、そんな事はどうでも良いんだよ。自分は宗教儀式や作法をする為に行ったわけでなく、故人とのお別れに行ったはずだからね。家族の迷惑に成らなければ、お別れの仕方は自由だろう。

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