№67「香典と香典返し不要」

日々の「我想う」
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ちぎら
ちぎら

そう言えば、最近は火葬中の食事も更に減ったし、香典返しの返礼品も使わなくなりましたね。代表が要らないような日程を設定したり、本当の家族葬を勧めてるからでしょうけど、どんどんシンプルになってるのは間違いないですよね。

代表
代表

まぁな、これも、それも全て葬式の概念の違いだけど、シンプルさと比例して利益も減ってるから葬儀支援を貫くのは楽じゃない。(-_-;) 反面いつも誰に対しても堂々としていられるけどな(笑)

ちぎら
ちぎら

今は私も香典や香典返しは不要だと思ってますけど、この辺りは何かきっかけがあるんですか? あったら教えて貰えませんか。今はまだ理解出来ない代表の思考や発想が少しでも理解できるかもしれません。

代表
代表

きっかけかぁ――、あるとすれば小学生時代の年賀状かなぁ、つい先日まで学校で毎日逢ってた同級生と年賀状のやり取り、1月8日になれば逢うじゃんって疑問を感じてから年賀状のやり取りはしなくなった。遠方の人達となら理解もできるけどな。香典と香典返しについては以下のように考えてる。


1. 葬式は家族で行うのが基本(家族とは血縁でなく日頃から親交の深い人達)
2. 家族が無理をせず行える葬式が当り前、火葬だけならそれも良し
3. 会葬に来る人達は御花代など最高5,000円まで、香典返し礼状も要らない
4. 信仰のある人は信仰宗教での葬式、無信仰の人はお別れと火葬でいい


群馬県には『新生活香典』1,000円でお返し無しという素晴らしいシステムがあったのに、葬儀屋が返礼品を出したり、3,000円まで上乗せした経緯があって、折角のシステムが台無しになっている。お互い様は間違いないけど、お互い様で金を掛けるんじゃなくて、お互い様で気持ちだけにすべき。1万円包んで5千円のお返しって馬鹿らしくねぇか? それに香典返しの品物貰って嬉しい? 要らねぇだろ? たださ、過去の付き合いの中でどうしても何かしたい人は、葬式の時でなく葬式後にでも自宅に行って渡すなら50万円でも100万円でもいいんじゃねぇかな。勿論、それを受け取るか、断るかは家族の自由だけど。

ちぎら
ちぎら

いつものように何年経っても全くブレの無い考え方ですね。

代表
代表

ブレ無いのが普通、ブレる人は心から思って無いからだよ。人は誰でも必ず死ぬし、死ぬ前はどうしても費用が沢山掛かる傾向にある。生きてきた人生は富裕層より、平均以下の人達のほうが断然多いわけで、散々辛酸を舐めて来ただろう。だからせめて死後くらい誰もが平等な死後を迎えさせてあげたいと思ってる。残念ながら、そんな思考は何処にも無いから、我々も無理をしてるのは否めないけど、そんな考え方がいつの日か当り前の日本になってくれたら良いし、いつか賛同する葬儀支援者も現れると思ってるけど、俺は自分の信じる道を自分のペースで歩くだけ、その為には葬式に掛かる費用問題をひとつひとつ改革する必要があった。13年の足跡があってようやく葬式の概念を口にできるまでになった。日本という国が何処まで変わるか分らないけど、少なくとも我々の活動が続く間、会員さんだけでも死後費用の心配や不安は皆無、とは言わないけど激減するのは間違いない。

代表
代表

この発想でひとつだけ気掛かりなのは、返礼品屋、料理屋、花屋などの業者さん達だな、仕事仲間と考えれば、売上や利益に貢献してあげたい気持ちはある。だけどその考え方が今の高額葬式に成ってるし、家族の生活を脅かしている訳だから、業者優先の葬式は出来ないのが本音、本音を言えば、すでに返礼品屋業界は終わってるだろう。それは自分達にも言えて、家族の事を思えば思うほど利益は減り続けてる。でも葬儀支援が目的だし、料金設定は自分達で決めたものだから利用する会員さん達は遠慮する必要はない。経営が成り立たなくなったら「成り立ちません」って、これも本音で言えばいい(笑)

ちぎら
ちぎら

代表のことだから、経営が成り立たなくなったら「食えないのは、消費者にさほど価値の無い事業だろうから廃業する」って言いそうですね。

代表
代表

あははっ、そうかもな、だけど食えてたものが、食えなくなるってのは、そういうことなんだよ。葬儀支援を謳う以上、まずは自分達の食い扶持は後回しで全ての贅肉を削いだシンプルな物を創り出し、その原型に肉を付けて対象者を広げるしかない。最初のターゲットは設立当初から言ってる『金銭的弱者』からで無ければ間違いなく中途半端な支援になるからな。

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