ピンピンコロリ

日々の「我想う」
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今あんしん館にご安置されてる故人は、まさに「ピンピンコロリ」の終幕を迎えた方で、家族は突然の事で、まだ実感はないでしょう。もしかしたら故人も自分が死んだ事が分らないかもしれませんね。

微熱が続き熱が少し上がったので、かかりつけの総合病院に連れていき、一通りの検査と、コロナ感染検査を受け結果が出るまで数時間あったらしく、その間に点滴を受けるため、トイレに行きましたが、中々戻って来ないと看護師さんがトイレに行くと鍵を掛けた状態で亡くなってたそうです。トイレから出すとAEDと心臓マッサージを暫く続けたようですが、そのまま戻ってくることは無かったそうです(コロナは陰性)

急性心不全――、家族は当然驚くし、病院内でなぜ!? の疑問も脳裏をよぎるでしょうが、一般的に言われる突然死では多いパターンの気がします。過去では弊社の生花を担当してくれてた社長、毎年10月に行われる前橋祭りは元気に行った翌日に突然死した30代女性など、突然死だけでも10人以上の故人を見ています。今回ご遺体を拝見すると苦悩の表情はなく、うっ血もなく、穏やかな顔を見る限り発症直後に心臓が停止したのではと思えて寝顔のようです。

今まで一度も考えたことはありませんでしたが、自宅の布団に入ると『ピンピンコロリ』の言葉が脳裏に浮かぶ『そうかぁ、これがピンピンコロリの現実なんだろうな』人の死は例え100才以上生きたとしても、悲しいのは間違いなく、逝去直後に長寿だからめでたいと口にする人の感覚は理解できません。逝去後に落ち着いた頃「100才生きたんだからめでたい話だよ」これなら理解できます。

突然死の言葉は恐怖を感じますが、冷静に考えると故人にとって悪い事ばかりでは無いのかもしれません。元気で動けた時は好きなグランドゴルフをしたり、春から夏に掛けて、あちこち花見に行ってたそうですが、足が思うように動かなくなってからは、あまり出掛ける事も無かったそうです。寝たきりやベッドで過ごす前の突然死(ピンピンコロリ)と言える終幕だろうと感じます。

そこで何故ピンピンコロリが理想の終幕と言われるか少し考えてみようと千明(ちぎら)に聞いてみました。

代表
代表

千明はいくつまで生きたい!?

ちぎら
ちぎら

いくつまでって言うより、自分の事が自分で出来なくなったら生きてたくない――、かなぁ 一人だとしても全て自分でできるうちは、きっと何も考えないでしょうけど、必要な家事が出来なくなったり、誰かの世話になる必要があったり、病院施設で面倒看て貰わないと生きられない状態の前に人生を終わりたいですね。

代表
代表

なるほどぉ・・・じゃあ質問を変えて、どんな終幕を迎えたい?

ちぎら
ちぎら

とにかく生きてるうちは自分で全て出来て、終幕は、ぽっくり逝けたら最高です。だからでしょうけど、ぽっくり観音ってあるじゃないですかぁ、お年寄りがお願いに行く気持ちが最近は分ります

代表
代表

確かになぁ、僕が「生涯現役」って言うのと一緒だな。病気になるのは仕方ないけど、治せないとか、入院や入所生活って考えると、出来ればピンピンコロリの人生を望む気持ちは分るよな。

たった2人の意見でしかありませんが、生涯現役で過ごし、動けなくる前日にポックリ――、これが実現したら、ある意味最高の人生の閉じ方かもしれません。今までの人生、良い事ばかりでは無かったでしょうし、良くない事のほうが多かった人生だってあるでしょうけど、終わり良ければ全て良し――、最高の終幕を迎えられるかもしれません。終活目標は『ピンピンコロリ』もいいですね。

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