ポジティブとネガティブ割合をコントロールする

日々の「我想う」
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あんしんサポート設立から、少なくとも数千人の人達と入会相談をしてきましたが、
①「基本的にポジティブな人」
②「とってもネガティブな人」
③「混合思考の人」など、大別すると三種の人がいます。

中にはポジティブな人だと思って話しを進めていると、単に何も考えない人だったりしますが、概ねポジティブな人のほうが得な人生を生きてるように見える。あなたはどのタイプだろうか?

僕の場合――、子供の頃は分りませんが、20才前後の若い頃は「②」でしたが、マインドコントロール(自己暗示)で「①」に近い人間に近づき、ほぼ完成したのが50才くらいだろうと思うから、20年以上の時間を要したけど正解だったと今は思える。まずは自分が①②③どのタイプか知り、今までの人生、今現在の幸福感を素直に考えてみましょう。

「基本的にポジティブな人」
・人生はすんなり進まなくて当然、でも乗り越えられない障害はなく、止まない雨は無いと考える人
「とってもネガティブな人」
・過去の試練や苦悩ばかりに捕われ、世の中の不幸は全て自分で背負ってるような印象の人
「混合思考の人」
・大多数はこれ、喜んだり、落ち込んだりを繰り返しながら人生を生きてる人

問題は「あなたは良い人生を生きていますか? 今は幸せですか?」これに尽きます。
自分の人生を合格点と言えるなら、今のままで問題ありませんから、今まで通りに過ごしましょう。
でも後悔や幸福感が少ないと思うなら、今からの人生を幸せなものにする言動をしましょう。

ある時、叔母達から「お前は苦労したからね」と言われましたが、僕には苦労した記憶がありません。確かに家業倒産後は、家屋敷は全て失い、一家離散状態だし、生活は一変しましたけど、そんなの何処にでもある話しだし、他の人生を知りませんから当たり前でしかないのです。これが「ポジティブ思考」と「ネガティブ思考」の人間形成の岐路ではないでしょうか――、

例えば、自分の生い立ちや人生を語ったり、知ってる人達からは「苦労したんだね」と同情されたり、慰めてくれる人達がいます。また同じ経験をした家族間では「大変だったね」「苦労したよね」とか、うちの場合は蒸発した父親を悪者に憂さ晴らしをした事もあったでしょう。ようするに自分達は犠牲者であり、悪いのは自分以外の誰か――、という考え方で、他人から同情されるのが心地良いのでしょうか? もしくは悲劇のヒーロー、ヒロインとしての自分に酔ってるのでしょうか? それを事ある毎に経験し続けた結果「ネガティブ人間」が完成されるんだと思う

しかし幸いなことに僕は祖父母と一緒に暮らしましたから、祖父母は経営者経験もあり、事業に失敗はつきものと考えてたのでしょうか、息子の悪口を言いませんし、倒産の話題が出ることもありませんから、悲劇のヒーローになる事もありません。また祖父母と一緒に暮らしたのは、4軒長屋のような公営住宅でしたから、富裕層はいません「自分の人生は自分で切り拓くしかない」と思うしかありません。

もう少し言うと僕らより大変では!? と思える家庭はいくらでもあります。そのひとつが身体的な障害がある家族のいる家庭でした。当時は障害者年金など知りませんから『大変だろうなぁ』と思うだけでした。

お婆ちゃんが今で言う認知症から亡くなり、その数年後、お爺ちゃんが癌で入院した時、見舞いに行くと病院には沢山の患者がいて、赤い札の掛った面会謝絶の人、口を大きく開けて息をする老人、意識の無い人など、生きて退院できない人も沢山いるだろうと思った。と同時に『俺には自由に動けて話せる健康がある。これって幸せなんだなぁ』と初めて考えたのが20才頃です。

この経験は、その後もずっと僕を支えてくれました。思ったようにいかない時、失敗した時、目標を見失った時など、落ち込んでる自分に気づくと、総合病院の病室の窓が見える場所に停車、ほぼ全室の窓から明かりが漏れてるって事は、そこには明日をも知れない患者さん達もいるって事です。

「あの病室には退院できない人だっている。食べたい物が食べられない人だっているし、やりたい事ができない人だっている。でも俺は自由に何でもできるじゃないか、人生生きてりゃ失敗だってあるさ、そんな事でいちいち落ち込む必要はないし意味はない。今すべきは前を向いて歩きだすことじゃねぇのか――、」

今は全く考えませんが、これを何度繰り返したでしょうか、失礼極まりない事ですが、終幕近い患者さん達を出汁に自分を勇気づけ、奮い立たせたのです。何度も病院近くに行くと、行かなくても病室の明かりが頭に浮かんでくるようになります。

これが良いか悪いか分りませんが、自分より大変な人達を見て、自分は幸せだと思う習慣が身につくと、上を見て羨ましいと思わなくなります。さらには自分より大変な人達の役に立とうと思い始めます。すると自分より大変な人を見て――、という感覚は無くなり「人様の役に立て、必要とされる喜びが目覚めます」

本当に役立てると、人様から、健康に注意して長く続けて欲しいと言われますから「体力」「気力」「健康」「思考」に気を遣うようになります。この段階まで来ると基本的にネガティブな発想は出てきません。年に1度から多くて2度くらいは、瞬間的にネガティブな状態になりますが数分で無くなります。

多分、ポジティブな明るい思考の人間になるのも、ネガティブな暗い人間になるのも、全て自分次第だろうと思う。同じ時間生きるなら、暗く辛い時間より、明るく楽しく生き甲斐のある人生のほうが良くないですか?

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