14年間の実践記

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本ページを作成した理由、施行された家族の紹介で入会に来られる方が大半、その多くから「なぜ葬儀支援を始めたのですか?」「知人から本があると聞いてきたのですが――、」と言われる事が多いのですが、著書データは全て消去してあるし、著書も完売して在庫はありません。そこで記憶を振り返っての執筆と、千件以上の施行の中から、強く我々の記憶に残る施行の実践記を書くことで、皆さんが知ってる葬儀屋と、葬儀支援の違いを実践記の中で理解できるよう――、また我々同様に葬儀支援を目指す方には、先人からの参考書にもなってくれることでしょう

生き方の葬儀屋さん誕生までの経緯

第一話 父親逝去の一報
第二話 父親の最後を看取ってくれた人
第三話 不思議な出会いの始まり
第四話 最悪な葬儀屋
第五話 老人との会話から『5万円火葬支援パック』を目指す
第六話 5万円火葬実現の為にクリアすべきハードルの数々
第七話 5万円火葬実現で最大の難関は霊柩車の取得でした
第八話 霊柩車を動かすには国交省の試験や許可が必要
第九話 散骨場の取得
第十話 あんしん館オープン
第十一話 突然NHK記者から取材依頼(僕が感じる天職とは)
第十二話 火葬+散骨=ぱっく60設定
第十三話 あんしんサポート永代供養墓建立
第十四話 墓閉じ、墓誌彫り、納骨
第十五話 合同新盆法要、合同永代供養墓法要
第十六話 式場祭壇を無料で豪華に飾る
第十七話 NPO法人の閉鎖を決めた理由(わけ)
第十八話 「葬儀支援は行政がすべき事」では何も変わらない
第十九話 午後葬式、翌朝火葬の葬式提案
第二十話 我が天職「生き方の葬儀屋」を貫く(最終話)

強く心に残ったお葬式他

気付けば14年で1,000数百件の葬式施行してきました。沢山の家族と出会い、様々な死に方の故人、しかし正直なところ全て覚えている訳でなく、この数年は数日前の葬式も忘れてる始末です。沢山の施行や家族の中にはパックが誕生するきっかけとなった事もあるし、葬儀支援とはなんぞやと考えされられたり、葬儀支援として動く指針になったりと、多くの学びの場も与えられました。14年間できっかけになった事、強く記憶に残る葬式等の実践紀行として覚えてる範囲の執筆ですが、読んだ場面が葬儀支援の現場映像として頭に浮かべば、これから葬式を迎える家族の参考にも成り得ると思います。

合同散骨のきっかけになったお婆ちゃん

永代供養墓建立は散骨場で見た線香の煙がきっかけ

家族の愛で最後まで頑張ったお父さん

家業のスーパーが倒産した50年前の記憶

最長余命宣告から更に1か月頑張ったお父さん

たったひとりのお葬式

初めての葬祭扶助は巨漢の故人

初めての家族葬で死亡届出人、届出先の決まりを知る

死化粧すら出来なかった姉の死

化粧は誰が、どのタイミングですべきか

葬儀屋を胡散臭いと思ったのは家族親族の葬式経験から

家族目線なら見える葬式の『それ変だろ!?』

1. 死んで逢いたい、はぁ?逢うなら生前だろ!?
2. 信仰心も無いのに仏式の葬式!?
3. 葬式で騒いでも故人は嬉しくない、騒ぐなら存命中だろ!?
4. 金を出さない親戚、なぜ葬式に口を出す!?
5. 読経戒名がないと浮かばれないと言う僧侶。はぁ!?
6. 無香典葬が推奨、駄目なら半額包んで形だけの返礼を勧める
7. 葬儀業界のマナーは理解不能
8. 毎日入れ替えるドライアイス、なぜ入れ替える!?

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