親の背中を見て子は育つ

日々の「我想う」
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家族関係は十人十色、傍から見ていて微笑ましくて、羨ましいほど仲の良い家族もいれば、それこそ親の仇か思うほど悲惨な家族もいるし、両親のどちら片方や子供が威張る違和感のある家族など、実に様々ですけど、子供を見れば親が分ると言うのは真理のような気がします。たとえば「うちの子は墓参りにも来ないんですよ」と平然と言う親に「それって自分達が墓参りに行かず子供達を連れて行かなかったからでしょ」と言うと黙っちゃう人もいます。

小さい頃から墓参りに連れていかれた子は、墓参りは行くものと思ってるから、行けと言わなくてもちゃんと行きます。また逆も然りなんです。

僕の育った家は、祖母と母親の仲が悪かったらしく、武井家の墓には入りたく無かった母親は、僕には黙って別の寺に墓を建て、亡くなる直前に墓を建ててあると報告されたくらいですから、子供の僕には分りませんでしたが、相当嫌だっんでしょうね。この墓は妹が墓守するというので僕は感知していません。元々の武井家の墓は家業倒産後は従弟が墓守しており、跡継ぎがいないから墓閉じするよう言ってますが、従弟の弟がいるので今は静観中です。

商売屋で跡継ぎとなる僕を身籠ったことで、産まれる前に籍を入れないと養子として戸籍に残るからと婚姻したようで、祖父母は子連れの年上女性との結婚を反対してたんでしょう。僕が生れて数か月の時、孫の顔が見たいと祖父母に言われたと、父親が僕を連れて仕事場である実家に連れて行ったそうですが、そのまま5才まで祖父母に育てられた僕は、父親の存在は当然知ってましたが母親の存在は知らずでした。

5才のある夜、女の子の手を引き、背中にも小さな女の子を連れた小母さんが風呂に入ってると来て翌日から一緒の生活が始まりました。数日後、すぐに仲良くなったお姉ちゃんと遊んでるとその小母さんが廊下を雑巾がけしているのを見て「ねぇお姉ちゃん、あの小母さんって誰?」と聞くと「馬鹿ねぇ、あれはお母さんだよ」「お母さん!?誰の?」と聞いたそうです。そこで初めて母親の存在を知ったわけです。

その後、母親から当時の経緯を何度も聞かされました。「お前を見たいと連れていかれて返してくれなかった」と祖父母が悪いと言わんばかりでしたが、僕の中では2つの事で納得できません。

・祖父母は僕を育ててくれた人ですから悪口を言われると腹が立ちます
・連れていかれたのは良いけど、返してくれないで済んじゃう、僕はその程度のもんなんだ

『三つ子の魂百まで』と言いますが、小さな時に持った感覚は母親が亡くなるまで変わりませんでした。また虐待を受けた子供のほうが我が子を虐待するとも言われます。

義理の両親と仲が悪い人達は今でも結構いますし、若い頃に色々言われたり、辛い思いをしたのでしょうが、年老いた老人の死にも冷たい対応をする人もいます。ただそれを見て育った子供が年老いた両親の事を本気で考えてくれるでしょうか――、自分の配偶者や子供達には優しくするでしょうけど、親のことを本気で考えてくれるでしょうか――、反面教師としてくれたらラッキーですが、違ったら自分達が両親にしたのと同じようにされる可能性もあるわけです。

年老いた人、病人、弱者に対しては、腹の中はどうであれ、人としてどうあるべきかで対応するべきと思っています。この感覚の根底にあるのは多分――、僕の中にある後悔の大半は、しなかった事、出来なかった事、やらなかった事だからです。

今は自分達のほうが断然有利だし、嫁いびりをするような人を軽蔑したでしょ? なら同類になるべきじゃない。散々いじめられた親でも、今では面倒を看てあげてると優越感に浸るもよし、腹の中では馬鹿にするもよし、心の中で罵倒しても構いません。過去は忘れて――、そんなの無理でしょ。そんな建前論を言う気は毛頭ありません。但し、全て自分の内面だけで納めること、決して表に出してはいけません。

でもその我慢と忍耐を子供が見ているはずです。過去の色々を聞いているかもしれません。また祖父母から自分達の悪口を聞かされているかもしれません。なのに両親は祖父母を大切に扱っている姿だけを見ていますから、尊敬されるかもしれません。尊敬されなくても、それが人としてすべきことなのは理解してくれるし、いつか自分達に返ってくるかもしれません・・・ そしてこの行動に後悔の念は残りません。

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