尊厳、供養の『霊感商法』我想う

日々の「我想う」
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人の死後ほど業者が好き勝手できる仕事は無く、儲ける為には平気で霊感商法を使うが、それを霊感商法と思わない事と、宗教界が擁護する発言をするのも問題だし、正直そんな輩を見ていると嫌になるし、余裕の無い素直な人を騙すような言動をする業者や宗教者には腹が立つ、商売だから――、とも思うが、霊感商法を使っての商売は、どうしても納得できない。

「人の死は神聖なもの、故人の尊厳を守り出来る限りの供養をすれば、故人も浮かばれるでしょう」

この言葉だけ聞けば『うんうん』と言いたくもなりますが、その結果は100万円、200万円、時には500万円という高額な葬式となるのです。こうなると霊感商法としか思えませんが、この辺の線引きが明確で無いから何でもありの葬式が横行し続けるんです。

『故人の尊厳を守ることに費用は掛かりません』

尊厳とは、故人の考え方を尊重することですから、故人が最も憂慮するのが「残る家族の生活」なら家族の生活が守れることを最優先するのが尊厳を守ることです。豪華で盛大な葬式をする事ではない。

『できる限りの供養にも費用は掛りません』

あの世に現世の金は無い、だから供養に金は掛からない、供養するなら「故人を忘れないこと」だし、家長の逝去なら「後に残った家族が毎日を元気な笑顔で過ごす事が最高の供養」です

『故人が浮かばれるのに費用は掛かりません』

「故人が浮かばれる!?」この故人は無念だったのか!? あんた知り合いで相談でも受けてたの? でたらめや嘘は駄目だろ、挙句に高額費用は霊感商法でしかないだろ

ぶっちゃけ、葬式は全てこの流れだから嫌になるんです。葬儀屋は皆さんも知っての通り、あんたにそんな事を言えるだけの人間性があるのか!? と言いたくなる葬儀屋のほうが多い。と言われたら大多数の家族は納得するんじゃねぇ? さらに宗教者(僧侶)は50万円を布施だと言うのだから、寺はどんだけ裕福なのだろうと思う。

『布施』とは、恵み与えるもので自分の生活に支障の無い範囲のものだから布施と呼ぶんです。月収8万円の人が50万円を布施とは言えませんし、それを受け取る側が布施と解釈できちゃう神経が普通ではないし、個々の家庭で生活水準は違うのに、布施に一定額の金額表記があるのは理解できない。それなら普通に「読経、戒名料50万円」と書けば良い。わざわざ、自分は胡散臭い人間だと言ってるようにしか思えない。そんな人が偉そうに法話しても素直に聞けるはずがない。

だから、あんしんサポートは菩提寺の葬式は受けないのです。
葬儀屋という商売なら、儲ける為だからどんな寺の葬式でも受けるのだろうが、自分の人生の全てと、自分の命まで、全て掛けて行ってる葬儀支援であり、13年間の中で様々な寺の葬式をしてきましたが、大多数の僧侶は、言ってる事とやってる事が違い過ぎて、かつての自分と同じ、偽善者のような人達だから受けないのです。

現実がそうなのだから、葬式坊主で僧侶というビジネスですと言えば、別に問題は無いのに、言ってる事と、やってる事の違いが自己判断できない程度の人間だから言えるのか、作り話を法話だと思っているのか、理解に苦しむ僧侶のほうが多い現実です。

宗教者も含め、葬儀業界の人達の話は、信じるより疑って掛るほうが良い、その意味では、あんしんサポートに来て相談する人も同じです。まずは話しを聞いて、家に帰って家族でじっくり考えてみれば、冷静に考えられるだろう。更にその話しを人にすれば、その話しをした「人」や「寺」や「会社」の評判だとか噂など聞けるだろうから、そのあとで判断しても遅くはない。

それが事実や真実なら――、本当に信頼に足る人物なら――、その真実を知ってる人が事実を教えてくれますよ。勿論、逆の場合もしかりです。

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